タップアワード「バリアフリー旅行の現場から」後編

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受賞論文の後編

前編は、こちら

3世代でもラクラクのバリアフリー旅、
そして家族で落語を楽しんでほしい…
鈴の宿 登府屋旅館の 遠藤直人(@naaot)です。

タップアワード 公式サイト

タップアワードに応募したところ、優秀賞をいただきました。
せっかくのなので全文を公表させていただきます。

バリアフリー特別室「三軒長屋」

論文というより、旅館経営者向けのバリアフリーにどう向き合うかというマニュアルのようなものです。

バリアフリー旅行の現場から ~阻害要因とバリアフィットの可能性~

6. 施設改修で失敗しがちな3つのポイント

障害者の受け入れを本格化するには、施設改修は、どこかでしなければならない。
しかし、施設改修で逆に使いにくくなる場合もある。

1 任せすぎる

改修工事で設計者や工務店に「とりあえずバリアフリーにしてほしい」という依頼は危険である。

バリアフリー改修の施工経験が少ない業者も多く、施工したとしても個人宅が圧倒的に多い。
個人宅の改修の場合には、「うちのおじいちゃんは、こういう障がいがあるから。」と改修方法も明確になる。

しかし、旅館やホテルのような不特定多数が使用する施設では、どういう障害に対するどんな改修がベストか、正解はない。
だからこそ、任せすぎると誰に向けたものかわからない改修になることがある。

2 考えすぎる

逆に、考えすぎて失敗する例もある。

手すりの設置でよくあるのが、湯船に到達するまでの手すり、湯船の上にも手すり、湯船の中にも手すり、横向きの手すり、縦向きの手すりといった具合に浴室中が手すりだらけになってしまうことがある。
不特定多数が利用するからこそ、可能性のあるすべての箇所に設置しがちである。

適度な改修を行うには、明確なターゲット設定が重要である。

3 対象者に合わない

館内に段差が多く、車椅子では大変にも関わらず、奥の方のある箇所を車椅子対応にしたり、途中までは車椅子で行けるのに途中からは階段になっていたりすることがある。
自館の特徴を理解し、どんな対象者を受け入れるのかを明確に してから改修しないと改修しても使える人がいない施設になってしまう。

7. 失敗しない改修のために

上記の3点を踏まえて、改修の際には、設計者、施工者の他に車椅子ユーザー など実施に使う対象者からアドバイスを受けるのが良い

当館では、車椅子ユーザーの加藤健一さんに監修を依頼し、細かい点まで意見をいただいてから工事を行なっている。
いくつか具体例を見てみよう。

1 改修例 「世界初!滑り台式スロープ」

車椅子でも移乗しやすく、簡単に湯船に浸かる方法はないかと考案されたのが、当館の貸切風呂にある滑り台式のスロープである。

滑り台のようなスロープ

従来のスロープは、床面から手すりなどを使って、歩いて湯船に入る。
立つのが困難な方には難しい。

もしくは、車椅子のまま、湯船に入る。
大浴場など、 他のお客様もいる状況では車輪のまま、湯船に入るのは嫌がられる場合もある。

そこで、このスロープでは、まず手前に車椅子と同じ高さの着替え用の台を設置した。
この台は、 大人が寝転べるサイズ。
座った姿勢を維持しにくい方や赤ちゃんなど寝転んだ姿勢で着替えるのに役立つ。
防水加工もしてある。


ベッドサイズの着替え台

車椅子のまま入れる洗面台

さらに同じ高さのまま、湯船に続くタイルの台に移乗できる。
上半身の力だけで移動できる。
この台は、車椅子と同じ高さなので、車椅子からここに移乗する場合にも使いやすい。

同じ高さのまま横移動

足をあげて湯船へ

そして、この台は緩やかなスロープとして湯船の中に伸びており、ゆっくりと浮力を使いながら、湯船に入っていくことができる。
この改修では、対象者を上半身が動かせる車椅子ユーザーとして、一人でも入れるよう工夫した。

実際、 監修の加藤健一さんは、これまで誰かの介助がないと入れなかった温泉に13年ぶりに1人で入ることができた。
対象者を明確にした改修工事によって、ユー ザーの可能性が広がるのである。

2 改修例 「あえてつけない、どこでも手すり」

前述の手すりだらけのお風呂にならないための1つの回答が、手すりを移動式にすることである。

どこでも手すり

様々なタイプの手すり

この手すりは、吸盤式で大人の体重にも耐える作りになっている。
あらかじめお客様の使いたい場所に設置して、入浴できる。
唯一の難点は、タイルが小さい と目地で吸盤がつかない場合がある。
大きめのタイルを使用するのが重要である。

3 改修例 「バリアで仕切ってバリアフリー」

「会食の際、周囲の目が気になってくつろげないお客様がいるのではないか?もっと落ち着いて食べていただくためにどうするか?」

そんな想いから生まれたのが暖簾風の仕切り。

暖簾で仕切った会食場

取り外せる作りにしたので、宴会場として広く使うことも できる。ちょっとした工夫が快適な時間を生み出すき っかけになる。

4 改修例 「冬も寒くないシャワー・ド・バス」

車椅子ユーザーは、介助者への気遣いから思っていても口に出せないことも多い。

冬場の洗髪では、シャ ワーが頭にあたるため体はどんどん冷えていく。
しかし、介助者への気遣いとどうしようもない状況から、 車椅子ユーザーは我慢せざるをえない。

そんなストレスをなくすのが、シャワー・ド・バスである。

全身が暖かいシャワードバス

10箇 所の穴から温水がミスト状に吹き出すので、洗髪でシ ャワーを使っている時も体全体が暖かい。
当館では、 さらに足湯を組み合わせ、冬でも寒くない工夫をしている。

8. 施設改修のいらないソフトでの受け入れ対応

バリアフリー=ハードの改修ではない。

では、どうやってソフトで受け入れる か、考えてみよう。

1 貸切風呂がなくてもできる貸切風呂

異性のお客様による入浴介助の場合、大浴場が男女別だと介助できない。
貸切風呂があればと思っても、ないものは仕方がない。

大浴場を貸切風呂にしてしまう

そこで、お客様の使わない時間帯に貸切にしてしまう方法がある。
実際、当館でも貸切風呂を作るまでは、このやり方で受け入れしていた。
チェックイン前や午前中など、宿によってお風呂が空いている時間がある。
そのタイミングで一時的にならば、貸切にして受け入れられる。

2 入浴介助を外注

体格差のあるお客様や普段介助に慣れていないお客様など、専門スタッフが必要なケースは多い。
しかし、旅館のスタッフは介護の資格がないので、直接介助をすることは法的にできない。

そこで、近所の訪問介護のサービスを利用する
介護保険の適用範囲外なので、割高ではあるが、施設によっては対応してく れる。
当館では、あらかじめ宿泊前に介護スタッフとお客様に直接電話で話していただき、状況を確認して、当日を迎える。
介護業界は人手不足なので対応できる施設が少ないのが難点ではあるが、間違いのないサービスなのでお客様からは好評である。

3 段差は人力で乗り越える

バリアフリー=段差ゼロと考えがちだが、多少の段差は車いすでも乗り越えられる。
何段かの段差でも4人で運べば乗り越えられる
屋内用のタイヤの綺麗な車いすを用意すれば、段差を乗り越えた後、室内でも車いすで過ごせる。

4 まずは簡単な備品から

数万円の備品から始めてみるのもよい。
その備品があるだけで宿泊できる方が大勢いらっしゃるのである。

例えば、「貸出用車椅子」「折りたたみ式の簡易ベッド」、「シャワーキャリー」、「シャワーチェア」、「足湯バケツ」、「椅子とテーブル」、「テーブルの高さをあげる台」「ベッドサイドの柵」「簡易スロープ」など。

座卓をテーブルにするだけで喜ばれる

5 情報発信でお客様に選んでいただく

一番簡単なバリアフリーは、とにかく情報を出すことである。

「それでも大丈夫!なんとかする」というお客様が来てくださる。
施設が無理してがんばるのではなく、情報を並べ、お客様に決めていただく。

9. バリアフリー旅行の今後の可能性

社会の高齢化がより進むとともに、技術が発展し、今後のバリアフリー旅行はますます増えていくのは、間違いない。

いかにして宿泊業界がその受け入れの幅を増やし、より高度な対応をするか。
今後の可能性を考えてみる。

1 介護施設の常識をいかに学ぶか

介護施設にとって常識のような情報でも、宿泊業界ではまだまだ知られていないことが多い。

濡れても大丈夫なシャワーキャリー

例えば、写真のシャワーキャリー。
お風呂で使える 濡れても大丈夫な車いすだが、存在を知っている宿の方が少ないのが現状である。
お客様への直接の介助は介護資格の問題もありできないとしても、介護施設と同じような使いやすい道具を揃え、負担やストレスを減らして過ごすための学習が必要である。

2 介護施設や病院からいかに離れるか

1と真逆になるが、これもまた真理である。

旅館やホテルは、旅先であり、日常ではない。
介護や病院のような機能的ではあるが無機質な空間ではなく、ワクワクするようなしつらえや体験がなければ、 旅としてはつまらないものになってしまう

当館では、車いすユーザーでも視覚障害でも楽しめる「落語会」を定期的に開催 している。
機能だけでなく、楽しみを加える。

ノーマライゼーションを前提とした脱ノーマライゼーションこそ、旅館やホテルなど観光産業に求められている。

登府屋旅館 落語会ページ

3 国の制度との乖離をどう近づけるか

前述の訪問介護ヘルパーによる入浴介助は、介護保険適応外である。
もし介護保険を適用して行うことができたら、旅行できるようになる障害者は一気に増えるであろう。

実は、せっかく温泉に来ているのにお風呂はあきらめて帰るお客様は結構多い。
旅は若返りの泉と言われるが、温泉に入る体験は、その象徴と言える。
入るだけで、元気になるので、法改正をお願いしたい。

4 他の宿と分担して受け入れできるか

「あの宿は、バリアフリー。うちはバリアフリーじゃない。」

バリアフリーが宿と宿のバリアになることがある。

前述の通り、バリアフリーは様々な形があり、車いすユーザー受け入れだけではない。
それぞれの宿ができることを持ち寄り、「うちは車いすユーザー。あちらは視覚障害者。あちらは聴覚障害者」と分担できる方が良い。

1つの宿ですべての受け入れは、矛盾が生ま れ、結果的にサービスの低下を招く。
宿ではなく、地域として、複数の宿でどんなお客様にでも対応できるようにすることが必要になっている。

10. おわりに

最後にバリアフリー旅行の可能性について、筆者が衝撃を受けた当館のアンケート紹介する。

「足の不自由な母と大きなお風呂に入りたく、泊まらせてもらっています。
風呂も近いし、食事もテーブルに座ってできる。
母のうれしそうな顔が見れるのは何よりありがたいです。

ボケが出てきて、 私の顔もわからず、何回も聞くようになってるのに『お風呂、ここに前にも来た。知ってる』と言っ てくれます。
きっとうれしい思いが記憶も保ってくれてるんだと感心。
私もうれ しくなりました。」

このアンケートに出会うまで、旅館の評価とは料理、サービス、風呂、部屋な どの点数の合計点によって決まるものと思っていた。
しかし、このアンケートに 出会い、旅館にこんな価値と可能性があるのかと目から鱗が落ちる思いだった。

「温泉に入りたい」というお客様の願いをあきらめさせない。

そこにバリアフ リー旅館の価値がある。

いつまでも温泉を楽しめる。
希望の存在になるチャンスが、バリアフリー旅館にはあるのである。

車椅子の向きを変えやすい広いトイレ

椅子テーブルとベッドの客室

これからも多くの方を受け入れられる よう知恵を尽くして努力したい。

以上

 

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