旅館ブログ

立川かしめさん、内定おめでとう!二ツ目昇進トライアル。

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人生のかかった落語会

手売りで400席。

3世代でもラクラクのバリアフリー旅、
そして家族で落語を楽しんでほしい…
鈴の宿 登府屋旅館の 遠藤直人(@naaot)です。

落語家には、人生のかかった会があります。
2015年に入門した立川かしめさんにとっては、この日の会は、間違いなく人生でもっとも緊張した会だったでしょう。

前座から二ツ目へ。
下手したら、破門。

会の前の かしめさん、けっこう余裕?!

実際、破門の危機は、前にもありましたから。笑
■ポッドキャスト「立川かしめ、破門の危機」

天国と地獄のような落語会。
落語の世界の昇進基準は、師匠や協会によって様々。

立川流の場合は、立川談志師匠が明確な基準を作られました。
「落語50席+歌舞音曲」

真打に上がる際には、「落語100席+歌舞音曲」

そして、最近ではトライアル形式でお客様の前で芸を見ていただき、師匠が講評を述べる形ができています。

この日は、かしめさんの師匠である立川こしら師匠はもちろんのこと、こしら師匠の師匠である立川志らく師匠も出来栄えを見ています。

その日の出来ももちろんですが、普段からの取り組みも当然見られます。
今回の会のアイデアやプロデュース力もおそらく加点対象になっているでしょう。

そこで、かしめさんは、まず会場を400人の大ホールに設定。
前座で埋めるのは無理な規模です。

さらに、チケットは全て手売り。
インターネットと宅配便がある便利な世の中で、チケットを買うには、かしめさんに会って手渡ししかない。自らハードルを上げたのです。
なんと、早々に完売!素晴らしい。
チラシには、渾身の落語3席と「俵星玄蕃」をご披露します。と書かれていました。

「俵星玄蕃」って、なに?
と思いましたが、きっと歌か何かだろうと思い、とりあえず当日を迎えました。

会場に着くと、さすが400人。受付前は大混雑です。

開場前のカオス

冒頭、今回の会に協賛してくださったみなさんから、メモ帳やペン、封筒、ドリンク券などいただいたことをご報告。
和やかなムードで会が始まりました。

「饅頭怖い」

最初は、饅頭怖い。
かしめさんの改作は、とめ公がいい味だしてます。

「とめ公、出てこい!」とまで思います。
前座の改作でここまでいけるんだ!という、こしら一門らしい一席でした。

動物園

二席目、動物園。
思えば、当館に修行に来ていた一番最初の頃から取り組んでいたお噺です。

「おー、二階堂旅館の宴会場で旅館組合の宴会でやったやつ!」
思い出が蘇ります。

でも、この日の「動物園」は、一味違いました。
「あれ?ここで終わるはずでは?」という場面で終わりません。

そのまま続いて、だんだん怖い感じに。
「最後どうなるの?」と思いましたが、見事な終わり方でした。

「世にも奇妙な物語」で実写化されそうな話でした。

金明竹

三席目、「金明竹」です。

ものすごく長い早口言葉のような関西弁が何度もでる噺。
1時間以上話した会の後半で、大技を入れてきます。

スケートなら、最初に4回転飛べばいいのに、あえて後半に持ってきて、あえて見せるみたいな構成。

与太郎が、独特。
さすが、こしら 一門。

こしら師匠のDNAを随所に感じます。

改めて、感じました。
こしら落語も、かしめ落語もそうですが、視点や解釈が好きなんです。

「おー!こんな見方があったのか」と。
いい意味で裏切られたい。

一門らしさも感じる一席となりました。

さらにこの後、「俵星玄蕃」となりますが、これはまた後日詳しく。

志らく師匠の講評は?

気になる志らく師匠の講評。

さすがは、大師匠。
かしめさんの芸に足りない部分、これからやるべきことをズバッとついて話されました。

さらに、こしら師匠の今後まで。
ファンには、たまらない師弟愛を感じるひと時でした。

師匠は、偉大ですね。

志らく師匠の講評で、志の輔師匠の言葉を紹介するのも野暮ですが、この名言を思い出しました。

5年後、10年後の青写真だけは自分で描いてほしい。
師匠としてはそれに向かって歩く弟子に、カンテラのぼんやりした灯を照らすくらいのことしかできませんから。

志らく師匠の講評。
落語50席のうち、25席は独学で学んだかしめさん。
残り25席をちゃんとどこかの師匠について学んだら、二ツ目昇進だそうです。

おめでとうございます。

ちなみに、こしら師匠は、一席も教えてないそうです。
教えないで育てる。
こしら 一門、全てがハンパないです。

そんなこしら 師匠の落語会、次回は、11月16日です。

会場は、スタジオ八百萬さんになります。
詳しくはこちらの落語会ページからどうぞ。

 

著者情報

1976年、山形県米沢市生まれ。福島大学経済学部を卒業後、㈱旭テック(現・旭ブレインズ)に勤務。その後、オーストラリアでの1年間の放浪生活、那須温泉・山水閣での研修を経て、2004年、鈴の宿 登府屋旅館にUターン。宿の仕事のかたわら、小野川温泉のまちづくりに注力していた2011年、東日本大震災を経験。震災後は、米沢の温泉旅館の連携を模索。1か月後には、「温泉米沢八湯会」を組織化し、義援金を集め、プランを作り、新たな切り口で米沢の価値を高めている。2013年、代表取締役への就任を機に「車いすでも安心して過ごせる宿」を目指す。「お客さまは、旅館ではなく旅行に来ている」という発想から『車いすで米沢を旅する本』を編纂。車いすでも安心して旅できる地域づくりを行っている。また、宿の宴会場では、不定期で自主セミナーを開催。講演テーマは、「リピーターを生み続ける仕組みづくり」「小野川温泉・米沢八湯のまちづくり」「補助金・マスコミ・ソーシャルメディア活用法」「燃料は、捨てる温泉熱!ヒートポンプで灯油ゼロ」など。自身の経験を公開しながら、他地域からの視察も積極的に受け入れている。