旅館ブログ

落語「小言幸兵衛」から旅館を考える。クレームを恐れすぎる管理職

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小言も過ぎると、妄想になる。

こんにちは。
立川流大好きの…
鈴の宿 登府屋旅館の遠藤直人です。

先日、お江戸日本橋亭という寄席に行きまして、落語を聞いてきました。

トリで登場したのが、立川こしら師匠。
年齢的には、私と同級生。

若手ならではの感性で独自の世界観がありました。

演じてくださったのが、「小言幸兵衛(こごとこうべい)」

長屋の主人のお話です。

 

簡単にいうと…

麻布は古川の家主で幸兵衛さん。
のべつまくなしに長屋を回って小言を言っているので、あだ名は「小言幸兵衛」。

とにかく、細かい。
とにかく、他人のあらを探すのが上手。
とにかく、対応策まで明快に答えられる。

頭のいい人なんだと思います。

見ただけでなにがダメで、どうしたらよくなるかまで、瞬時に判断できる。

そこに長屋を借りたいという見込み客がやってきまして、やりとりが面白いというお話です。

最初に、やや荒っぽい、雑な感じの客がやってきます。
当然、そんな人には、部屋を貸せません。

2番目にやってきた客は、品行方正で穏やか。
この人ならいいかと思いきや、幸兵衛さんが頭脳明晰すぎて、最終的に断っちゃうことに…。

 

マイナスの想像力は危険

2番目の客は、仕立て屋さん。
話を聞くと、20代のイケメンの息子がいるという。

まだ、結婚していない一人息子の彼がもし引っ越して来たら、古着屋のおはなちゃんとくっつくだろう。
お互い一人っ子なので、あとつぎ問題が発生して、最終的に親が反対、本人たちは家を出て、心中するに違いない。

と、妄想してしまう話です。
だから、お前に貸すわけにはいかないとお断りしてしまいます。

 

この発想、旅館でもよくありますね。

「支配人、こんなアイデアを考えたんですが、やってみませんか?」

「こんなことやって、こうなってああなって、他のお客様のクレームになったら、だれが責任取るんだ!ダメダメ!」

経営者と現場に板挟みになっている支配人にありがちな発想。
やってみる前から、クレームにならないかを心配し、一歩踏み出せない。

そうなんです。

どうして幸兵衛さんと同じ発想になってしまうのか?

それは、大家も旅館も同じだからです。

大家も旅館も、他のお客さまがいて、その人が隣接する商売です。

大家さんが、長屋の部屋を1部屋貸すと、その両脇には他のお客様がいます。
もしも、問題児が入居すると、隣からクレームが入る。
「なんであんな人に貸したんだ」と。

旅館も同じです。

他のお客さまに迷惑がかかるといけないから、ビビってできない。

大家も旅館も、ゲストに対するホストなんです。
「あなたはそれでいいかもしれませんが、隣の人が迷惑かもしれない。
だから、私が事前に防ぐ。」という発想。

でも、この発想。
とても危険です。

最終的にビビって何もできなくなります

落語だと笑ってられますが、ホントにありますからね。
クレームに過敏になってるな!と思ったら、幸兵衛さんを思い出しましょう。

 

立川こしら師匠の斬新さ

そんななか、クレームも恐れず、古典落語に大胆なアプローチをしていた立川こしら師匠。

ちょっとご紹介しますね。

 

噺の前にタイトルを言う

落語って、何の話かは、聞き進めないとわかりません。
マニアになれば、まくらという最初の段階でピンと来るらしいですが、普通は本編にならないとわかりません。

しかも、タイトルは最後まで言わないので、初めての方はなんという話だったかわからないまま終わります。

「推して知るべし」という感覚が日本人的でもあるんですが、初心者がとっつきにくいのは、たしか。

その点、こしら師匠は、さすがです。
いきなり、「それでは、お届けします。小言幸兵衛!」という具合にタイトル言っちゃうんです。
これだけで、会場は大爆笑でした、

 

ボイパが入る

ボイパ=ボイスパーカッション。

アカペラグループなどが行うボイパが途中入っていて、芸の幅を感じました。
さりげなくいろんな芸を楽しめるのが落語のいいところです。

 

ロミオとジュリエットな展開

これは、こしら師匠独自のアレンジ。

小言幸兵衛の途中の妄想が、ロミオとジュリエットになります。
もう西洋なのか江戸なのかわからない設定なんだけど、それがまた面白い。

話をして、あとはお客さまに想像してもらう落語ならでは。

 

談志師匠、若かりし頃の一席

 

そんなわけで落語は現代にも通じます。

またそのうち寄席の話を書きますね。^^
次は、「平林」かな。

著者情報

1976年、山形県米沢市生まれ。福島大学経済学部を卒業後、㈱旭テック(現・旭ブレインズ)に勤務。その後、オーストラリアでの1年間の放浪生活、那須温泉・山水閣での研修を経て、2004年、鈴の宿 登府屋旅館にUターン。宿の仕事のかたわら、小野川温泉のまちづくりに注力していた2011年、東日本大震災を経験。震災後は、米沢の温泉旅館の連携を模索。1か月後には、「温泉米沢八湯会」を組織化し、義援金を集め、プランを作り、新たな切り口で米沢の価値を高めている。2013年、代表取締役への就任を機に「車いすでも安心して過ごせる宿」を目指す。「お客さまは、旅館ではなく旅行に来ている」という発想から『車いすで米沢を旅する本』を編纂。車いすでも安心して旅できる地域づくりを行っている。また、宿の宴会場では、不定期で自主セミナーを開催。講演テーマは、「リピーターを生み続ける仕組みづくり」「小野川温泉・米沢八湯のまちづくり」「補助金・マスコミ・ソーシャルメディア活用法」「燃料は、捨てる温泉熱!ヒートポンプで灯油ゼロ」など。自身の経験を公開しながら、他地域からの視察も積極的に受け入れている。