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ユニバーサルではなく、ツーリズムが大事!バリアフリー旅、受け入れのコツ

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中村元さん

バリアフリー観光の第一人者 中村元さんのお話

見方が変われば、行動が変わります。

こんにちは。

車いす旅を応援しています!
鈴の宿 登府屋旅館の遠藤直人です。

先週は、東京にいってバリアフリー関連のお話をいろいろと伺ってきました。

なかでも、印象的だったお話。
日本バリアフリー旅行推進機構の中村 元 理事長のお話をご紹介します。

 

中村元さん

中村理事長とツーショットで 

 

 パーソナルバリアフリー基準で考えよう

「バリアフリー 」という言葉は、ときとして攻撃的です。

私のように旅館をやっているものにとっては、ドキッとする言葉なんです。
今でこそ、バリアフリー特別室が1室ありますが、それまでは館内に段差がいろいろありました。

今でもほとんどの客室には、段差があります。

すると「バリアフリー」と言われた途端、反射的に「うちは段差あるし!」って思ってしまうんです。

宿泊業者は、どうしても「段差=悪、バリアフリー=善」のようにとらえてしまいがち。

和風建築であれば、段差があって当たり前。
段差にも意味があるのが和風です。

でも、バリアフリーという言葉を聞くと、段差が「悪」に感じられてしまいます。

では、お客さまはどうかというと…
車いすに乗っていても、10センチの段差ならなんとか歩ける方もいれば、階段を越せる方もいらっしゃいます。
段差ゼロでなければならない方もいらっしゃいます。

つまり、宿は段差ゼロをバリアフリーと思っていますが、お客さまは人それぞれ

もし、バリアフリーの基準を作ろうとするなら、何センチの段差までOK?

0cm? 1cm? 10cm?

人それぞれ過ぎて正解がないんです。

一番少ないゼロと思ってしまいますが、では、ゼロ以外はすべて車いすでは無理ですとアナウンスしていいのか?
それはそれで、新たなバリアで情報を遮ってしまいっています。

そこで、「パーソナルバリアフリー基準」がでてきます。

障がいの程度は、人それぞれ。
だから、施設の情報に障碍者の情報を照らし合わせて考えればいいわけです。

10cmの段差が越えられえる方なら…
この施設はOK。この施設は難しそう。

といった具合。

だから…
段差があってもいいんです!

だって、段差のあるなしよりも、大事なものがあるから…。

 

段差ゼロよりも大事なコト

「ユニバーサル・ツーリズム」という言葉があります。

 ユニバーサル・ツーリズム…
 「すべての人が楽しめるように創られた旅行 であり、高齢や障がい等の有無にかかわらず、誰もが気兼ねなく参加できる 旅行」

 

コトバだけを見ると、スロープや多目的トイレを組み合わせて誰でも行けるようにしましょう。
というイメージがわきます。

でも、この「ユニバーサル・ツーリズム」という言葉。

大事なのは、「ユニバーサル」ではなく、「ツーリズム」なんです。

 

ともすれば、段差があればダメ、車いすで通れなければダメ、 スロープがなければダメ、と「ユニバーサル」で考えてしまいますが、もっと大事なのは、「ツーリズム」。

そこには、観光したいものがあるのか?です。

以前、とある旅のなかで、大きな橋がありました。
とても有名な橋なんですが、橋を渡ってその先になにもなく、わたってから引き返すという観光地でした。

ここは、橋がウリだからしょうがないのかもしれませんが、普通なら橋を渡ってその先に何があるのか?が大事です。

 

段差をなくして、その先に何があるのか?
スロープを作って、その先に何があるのか?

「それなら行ってみたい!」と思えるものがあり、その情報を伝えることが大事です。

「この先にはめちゃめちゃ景色がきれいな絶景ポイントがあるんです。
でも、20cmの階段が3段あるんです。」

こんなとき、本当にいきたければ、車いすを持ち上げてでも行くはずです。

これが、ツーリズム。

実際、とあるお店に車いすユーザーと行ったとき、お店は2階で階段しかありませんでしたが、おんぶして2回まで登り、車いすを2階に運んで楽しみました。

 

だから、段差があることを悪と思う必要はないのです。

段差はあって当たり前。
その段差でも大丈夫な人もいます。

だから、「バリアフリー=段差ゼロ」という自動思考にハマらないでください。

 

本当に行きたい場所を作る。

バリアがあるなら、人力でもいいからなんとかする知恵を出す。

それを仕組み化する。

 

それができれば、OKなんです。

意外とバリアフリーが身近になりませんでしたか?

著者情報

1976年、山形県米沢市生まれ。福島大学経済学部を卒業後、㈱旭テック(現・旭ブレインズ)に勤務。その後、オーストラリアでの1年間の放浪生活、那須温泉・山水閣での研修を経て、2004年、鈴の宿 登府屋旅館にUターン。宿の仕事のかたわら、小野川温泉のまちづくりに注力していた2011年、東日本大震災を経験。震災後は、米沢の温泉旅館の連携を模索。1か月後には、「温泉米沢八湯会」を組織化し、義援金を集め、プランを作り、新たな切り口で米沢の価値を高めている。2013年、代表取締役への就任を機に「車いすでも安心して過ごせる宿」を目指す。「お客さまは、旅館ではなく旅行に来ている」という発想から『車いすで米沢を旅する本』を編纂。車いすでも安心して旅できる地域づくりを行っている。また、宿の宴会場では、不定期で自主セミナーを開催。講演テーマは、「リピーターを生み続ける仕組みづくり」「小野川温泉・米沢八湯のまちづくり」「補助金・マスコミ・ソーシャルメディア活用法」「燃料は、捨てる温泉熱!ヒートポンプで灯油ゼロ」など。自身の経験を公開しながら、他地域からの視察も積極的に受け入れている。