旅館ブログ

あれから4年。前へと進み続ける温泉米沢八湯会

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温泉米沢八湯会

予約真っ白で途方に暮れてたあの日

あれから4年経ちました…。

あの日の記憶はハッキリと覚えています。
鈴の宿 登府屋旅館の遠藤直人です。

あの日。
3月11日。

宿で留守番をしていたら、いきなり揺れました。

あとで震度5強と知りましたが、当時は、「揺れが続くな。動画でも撮ろうかな」というくらいの余裕がありました。

揺れが収まり、館内をチェックして、こけしが倒れる程度の被害。
「たいしたことなくてよかったなー」と思って、テレビを見たら愕然としました。

ドンドン水かさが増え、堤防からあふれる海の水。

家とともに畑を流れ走る真っ黒な津波。

夜になっても赤々と燃える町。

現実とは思えない、信じられない災害の映像ばかりでした。

そして、起こった原発事故。

 

旅館は未来が見える商売です。

絶望的な状況で、予約はすべてキャンセル。
商売がどうこうよりも、日本はどうなるのか不安になりました。

予約がないということは、なにもすることがないのといっしょです。

当時の切実さが伝わってくる私のブログ
自粛している時間はない

宿の将来、日本の行く末もなんにも感じられない中…、集まったのは同業者の仲間でした。

 

前に進み続けた「温泉米沢八湯会」

震災から、1か月後の4月15日。

温泉米沢八湯会が発足しました。

それまでは「小野川温泉」「白布温泉」「秘湯の会」など、温泉地単位でバラバラに活動していた旅館をまとめ、米沢市内の24軒の宿がひとつのチームになりました。

2泊3日、市内で使える復興応援券や、義援金付の「絆の米沢八湯プラン」を発表。
震災後の自粛ムードで旅行なんてありえない!という雰囲気が漂うなか、いち早く復興への道筋を示しました。

その後、稲わら問題で窮地に立たされた米沢牛を応援する「米沢牛応援プラン」など、地域の他団体とコラボするプランを販売。

商店街やラーメン屋さん、飲食店、タクシー組合など、米沢八湯でしかできない活動を行ってきました。

 

温泉米沢八湯会

 まさに「絆」のチームでした

 

当時の詳しい話はコチラです。

米沢八湯の活動まとめ

 

未だに震災前には程遠いですが、震災直後の絶望感から比べれば、天と地の差があるほど恵まれた環境になりました。

昨年は、米沢八湯でオリジナルの駅弁を発表するなど、商品開発もできるほどになりました。

震災以降、初めてまとまった「米沢八湯」は、常に手探りで新たな可能性を前向きに模索してきました。

 

来年度は、目玉企画を準備中!

本日、3月11日。
米沢八湯の事務局で会議を行いました。

思えば、あの時もココスでした。

なんとか震災後の大ピンチを切り抜けようと市役所の観光課のみなさんと話し合いました。

その後、ファミリーレストラン・ココスで米沢八湯の事務局が話し合い、「絆の米沢八湯プラン」が生まれました。

 

ココスで会議

5年ぶりの会議もココスにて

 

そして、今日、あの時とは一味違う前向きな企画がまた生まれました。

手続き上、まだ発表はできませんが、来年度はみなさまに「米沢に行かなきゃ!」と思っていただけるようなプランをお知らせできることになりました。

このプランができるのは、「絆の米沢八湯プラン」での経験と市役所のみなさまとの連携があったからこそ。

震災に感謝はしませんが、震災後にまとまり、さまざまな垣根を越えて協力しあったたくさんの皆さんに感謝いたします。

 

震災を経て、新たな米沢になった。

のちにそう語られるような米沢になるべく、米沢八湯は、また一段と気張ります。^^
今年もご期待くださいね。

著者情報

1976年、山形県米沢市生まれ。福島大学経済学部を卒業後、㈱旭テック(現・旭ブレインズ)に勤務。その後、オーストラリアでの1年間の放浪生活、那須温泉・山水閣での研修を経て、2004年、鈴の宿 登府屋旅館にUターン。宿の仕事のかたわら、小野川温泉のまちづくりに注力していた2011年、東日本大震災を経験。震災後は、米沢の温泉旅館の連携を模索。1か月後には、「温泉米沢八湯会」を組織化し、義援金を集め、プランを作り、新たな切り口で米沢の価値を高めている。2013年、代表取締役への就任を機に「車いすでも安心して過ごせる宿」を目指す。「お客さまは、旅館ではなく旅行に来ている」という発想から『車いすで米沢を旅する本』を編纂。車いすでも安心して旅できる地域づくりを行っている。また、宿の宴会場では、不定期で自主セミナーを開催。講演テーマは、「リピーターを生み続ける仕組みづくり」「小野川温泉・米沢八湯のまちづくり」「補助金・マスコミ・ソーシャルメディア活用法」「燃料は、捨てる温泉熱!ヒートポンプで灯油ゼロ」など。自身の経験を公開しながら、他地域からの視察も積極的に受け入れている。