旅館や温泉街って、戦後はどうだったのか?漫画「黒川温泉 新明館」
この記事は5分ぐらいで読めます♪お付き合いください^^
うまく想像できないのが戦後
1976年(昭和51年)生まれだもの。。。
3世代でもラクラクのバリアフリー旅、
そして家族で落語を楽しんでほしい…
鈴の宿 登府屋旅館の 遠藤直人(@naaot)です。
この季節になると、戦争について考える機会が増えます。
真珠湾攻撃、ミッドウェー海戦、硫黄島の戦い、東京大空襲、広島と長崎での原爆投下、玉音放送。
そんな歴史の教科書で覚えるようなシーンは、繰り返し見ますし、小説や映画の題材にもなります。
きっと実際のシーンに近いようなイメージを持てていると思います。
私が、もっともイメージしたいけど、なかなかできないシーン。
実は、それが、戦中戦後の温泉街です。
旅館や温泉街というのは、どちらかというと非日常です。
生活必需品ではありません。
どちらかというと、遊びの部類。
高度成長期、バブル期に関しては、「だいたいこうだったんだろうな」という想像ができます。
それが戦中戦後というと、今ひとつよくわからなくなります。
小野川温泉は、江戸時代から温泉旅館が立ち並んでいますので、戦中戦後も温泉旅館が並んでいます。
果たして、そこに来ていたお客様は、どんな人々だったのか?
どんな様子だったのか?
疎開に来た方にお会いすることがありますが、当時はどんなだったのか?
どんな人が、どんな目的で泊まって、お酒を飲んだりしていたのか?
食料は手に入ったのか?
うまく想像できません。
そもそも交通機関がなかったような田舎です。
どうやって泊まる連絡をして、どうやって足を運んだのか?
祖父や祖母から断片的に聞いたような感じがしますが、でも、イメージを形作るまでには至っていませんでした。
九州 黒川温泉の様子から想像を広げる
すごい漫画を見つけました。
タイトルズバリ「漫画 黒川温泉 新明館」。
洞窟風呂でおなじみの黒川温泉の宿「新明館」の物語。
全体的にひきの画で淡々と進むストーリー。
田舎の日常をドキュメンタリータッチで描いています。
戦後の黒川温泉の様子、当時の文化や習俗、お客様とのやりとりなど、じっくり読むととても深い。
作者の柴田敏明さんが、ものすごく細かく取材されているのがわかります。
主人公の後藤哲也さんには、いろいろ教わりました。
私が宿に戻ってきたころ、「いろいろ教わりたいので働かせてください」といったら「私がいってあげるよ」と小野川温泉に来てくださって、いろいろ教えてくださいました。
いわば、師匠のようなお方。
この漫画を読んでいると、戦後、田舎の温泉地はどんな様子だったのか?
どんな風に発展していったのか?
その時々に、後藤哲也さんは、どんな想いで、どんな決断をしたのかがよくわかります。
後藤さんが、露天風呂づくりやまちづくりができた背景も読み解けます。
戦後72年。
70年前の日本は、こんな感じだったんだなとも思います。
道路はデコボコ、馬や牛で移動、わらじ履き、温泉を送るパイプは竹、炊事はかまど、ガソリンではなく木炭車、自給自足。
きっと、小野川温泉も昔は同じような状況だったと思います。
今では信じられませんが、70年でこんなに変わったんですね。
これから70年後の変化は、この漫画に描かれている変化の幅以上の世界になるのでしょう。
それにしても、70年前の小野川温泉はどうだったのか?
今度、飲み会でいろんな人に聞いてみたいと思いました。
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