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NHK木曜時代劇「かぶき者慶次」 地元だからわかるウラ話

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かぶき者慶次

いい意味で予想を裏切った慶次

いやー、裏切られました。

こんにちは。

地元愛をくすぐられた…
鈴の宿 登府屋旅館の遠藤直人です。

ついに、木曜時代劇「かぶき者慶次」がスタートしました。

もう、木曜の夜8時はNHKにロックオンです。

初回から面白かったです。

どんな荒くれた前田慶次かと思いきや、意外にも品行方正で「ですます」の慶次。
そのギャップにやられました。
いい意味で裏切られました。

藤達也さんのオシャレでハートフルな慶次、見ごたえあります。

第1話の見どころを地元ならではの視点でお伝えします。

 

かぶき者慶次

オープニングもめっちゃかっこいい

 

米沢らしさがそこかしこに登場!

いきなり登場して、地元民が激しく反応した食べ物がありました。

「遠山かぶ」

米沢市遠山地区で、昔から栽培されているかぶです。その歴史は古く、上杉家が新潟から米沢に移封の際に持参し、米沢藩10代藩主上杉鷹山が「かぶは西山に作るように」と勧めたことから、盛んに栽培されるようになったといわれています。

このマニアックな伝統野菜をご存じとは。
しかも、第1話の冒頭に持ってくるとは!

地域に根差した脚本にビックリしました。

それもそのはず、脚本は小松江里子さん。
原案は、火坂雅志先生、統括は、内藤愼介プロデューサーといえば、大河ドラマ「天地人」のトリオ。

すでに米沢にも何度も訪れていただいておりますので、詳しいわけです。

そして、地元の若侍たちのセリフにも米沢らしさが…。

 

「上杉は、徳川と戦ったわけではない。だから、負けたわけではない。」

関ヶ原の合戦のあと、領土を減らされ、米沢に引っ越しさせられた上杉藩。

負け組にはなったものの、負けていない。
なぜそう思うかというと…。

徳川家康は、関ヶ原の合戦の前に直江兼続からの書状に怒り、上杉討伐軍を結成しました。
上杉の本拠地である会津に向かっていたにも関わらず、栃木県の小山で引き返し、そのまま関ヶ原の合戦となりました。

上杉目線でいえば、われわれと戦わずに逃げて、関ヶ原では勝利を収めたラッキーなヤツくらいに思っています。

だから、意気盛んなんです。
当時の上杉藩の気持ちまでしっかり忖度されています。

 

「笹野一刀彫」

ちょっとだけでしたが、火野正平さん演じる又吉が木を削っているシーンがありました。

あれこそは、米沢の伝統工芸「笹野一刀彫」。
サルキリという特殊な刃物一本で、木彫りを作ります。

こんなところも、地元民にはたまりませんでした。

一刀彫の指導は、戸田寒風先生がなさっており、本格的です。

 

ちなみに、火野正平さんといえば、小野川温泉にゆかりがあります。

今村昌平監督の映画「ええじゃないか」のロケは米沢で行われました。
宿泊先は、小野川温泉でした。

たまたま、朝早く立つ予定だった火野さん。
コンビニなんかなかった時代。
「弁当を作ってほしい」ということになり、うちの女将が作らせていただいたという…。
そんなご縁もございます。

 

前田慶次

前田慶次が住む「無苦庵」は、米沢の万世地区にありました

 

石田三成の忘れ形見を引き取る慶次

第1話で最もシビレたのが、この設定。

関ヶ原の合戦に負け、責任をとって処刑された石田三成には、実は、子どもがいた。
その子どもを米沢でかくまっている。

という衝撃的な設定。

しかも、前田慶次の子どもとして、慶次に育てられている…。

たまりません!

この話、あながちなくはないんですよね。

石田三成と上杉家の執政・直江兼続は、盟友。
いわば、マブダチ。

直江兼続と仲良く、加賀の前田家出身なのに上杉家に仕えたのが前田慶次。

直江兼続から「くれぐれも内密に…」と託されたんでしょう。

 

うわさ話の域ですが…、
実は、米沢のとある墓地には石田三成と同じ家紋の「石田」というお墓があります。

地元ならではのアンオフィシャルなネタですが、きっと原案の火坂先生は、それもご存じだったと思います。

石田三成の子どもをめぐるドキドキの設定。
今後の展開が楽しみです。

 

火坂雅志さんのご冥福をお祈りいたします

2008年、リーマンショックで全世界の経済が落ち込みはじめるなか、2009年の大河ドラマ「天地人」で米沢は救われました。

米沢にとっては、命の恩人といっても過言ではない火坂雅志先生。
今年、58歳という若さで急逝されたのが、残念でなりません。

心よりご冥福をお祈りいたします。

先生の原作「天地人」があったおかげで大河ドラマが生まれました。

きっと「かぶき者慶次」で晩年の慶次を描いたあとは、大河ドラマで若いころの「前田慶次」を描いてくださったんだと、勝手に想像しています。
先生の原作を読み、大河ドラマで前田慶次を見てみたかったです。

本当に残念でなりません。

米沢人として、歴史ファンとして、先生のご冥福をお祈りしております。

著者情報

1976年、山形県米沢市生まれ。福島大学経済学部を卒業後、㈱旭テック(現・旭ブレインズ)に勤務。その後、オーストラリアでの1年間の放浪生活、那須温泉・山水閣での研修を経て、2004年、鈴の宿 登府屋旅館にUターン。宿の仕事のかたわら、小野川温泉のまちづくりに注力していた2011年、東日本大震災を経験。震災後は、米沢の温泉旅館の連携を模索。1か月後には、「温泉米沢八湯会」を組織化し、義援金を集め、プランを作り、新たな切り口で米沢の価値を高めている。2013年、代表取締役への就任を機に「車いすでも安心して過ごせる宿」を目指す。「お客さまは、旅館ではなく旅行に来ている」という発想から『車いすで米沢を旅する本』を編纂。車いすでも安心して旅できる地域づくりを行っている。また、宿の宴会場では、不定期で自主セミナーを開催。講演テーマは、「リピーターを生み続ける仕組みづくり」「小野川温泉・米沢八湯のまちづくり」「補助金・マスコミ・ソーシャルメディア活用法」「燃料は、捨てる温泉熱!ヒートポンプで灯油ゼロ」など。自身の経験を公開しながら、他地域からの視察も積極的に受け入れている。