旅館ブログ

伝説の営業マンの送別会。小さな宿が生ビールを決めたワケ

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サントリー 津田さん

県内の半分の宿に樽生

伝説と呼ぶにふさわしい方でした。

こんにちは。

小野川温泉の

数年前まで生ビールは、消費する側だった…
鈴の宿 登府屋旅館の遠藤直人です。

伝説の営業マンの送別会に行ってきました。

この方にお会いするまでは、生ビールは飲むだけ。
宿に置いて販売することはあきらめていました。

居酒屋では当たり前の生ビール、なかなか旅館で見かけないのはどうしてでしょう?

大きな宿ならともかく、小さな宿では、消費量が少ないのが原因です。
樽生は、1本10リットルとか、大きいサイズしかありません。
購入して、機械につないで作りますが、小さな宿の場合は、生ビールの注文が多くない。

いったん樽を開けてしまうと賞味期限も短い。
すると、10リットル使い切る自信がないので、導入をあきらめるわけです。

小さな宿にとって、生ビールはきっと10リットルも売れない。
メーカーさんにとっても、出たとしても大した量じゃないので、営業してもしょうがない。

そんなマイナスの利害が一致して、これまで小規模旅館では生ビールを見かけることはありませんでした。

 

旅館組合青年部の「協賛業者」というシステム

実は、山形県旅館組合青年部には、「協賛業者」というシステムがあります。

協賛金を支払って、加盟すれば、旅館の若旦那とお近づきになれるという仕組みです。
旅館向けの商品を扱っているメーカーさんが参加してくださいます。

伝説の営業マンが来るまで、その会社は「協賛業者」に加盟していませんでした。
ビール大手4社のうち、他の3社はすでに加盟していました。

たまたま、「協賛業者」のシステムを知った伝説の営業マンは、さっそく加盟しました。

加盟したからといって、いきなりモノが売れるわけではありません。

旅館組合青年部の総会で商品紹介をしたり、懇親会に参加したりできますが、売れるかどうかはその先の話。

でも、その方はやりきりました。

 

サントリー 津田さん

伝説の裏話もいろいろ伺いました

 

カギは、「関係性」

今年、定年退職なさる方です。

青年部は、上は45歳、下は20代。
その方にとっては、息子のような年齢です。

気さくにいろいろ教えてくださいました。

ただ、こちらは生ビールについて、最初からあきらめてます。
押しても引いても動かない感じ。

懇親会の1次会で帰ってしまう営業マンが多いなか、けっこう遅くまでお付き合いいただき、商売抜きでいろいろお話ししました。

ここまでは熱心な営業マンなら、普通にある話です。

 

伝説はここからです。

それまで、居酒屋や卸売店など、大口取引先しか行かないはずの「工場見学ツアー」に誘っていただきました。

ビール工場とウィスキー工場を1泊2日で回ります。
費用は、けっこう破格です。

会社で持っていただいた部分もあると思います。
いわゆる、「接待」ですね。
それも、いかがわしいものではなく、マジメな接待です。

自社工場を案内し、自社の製品をきちんと知ってもらうツアー。

長引く不況のなか、「接待」は目立ちます。

「今どきあるのか?」
と思うかもしれませんが、当館でもたまにそういうお客さまを受け入れます。

「今どき?」
と思うくらいですから、その効き目たるや…。

接待を受けたからではありませんが、工場での素晴らしい中身に一同、感動するのです。

ここまでこだわって作っているのか。
生ビールは、こうやって提供するのか。
本物のウィスキーはこんなにおいしいのか。

人それぞれ、とらえどころは違えど、工場で圧倒されて帰ってくるわけです。

ちなみに、私の人生においては、初めてちゃんとウィスキーと向き合った時間でした。
それまでは、ウィスキーは、メニューにあっても選ばないものでした。
ツアー以降、ウィスキーも飲むようになりました。

旅館でウィスキーを出しておきながら、それはいかん!
と今なら思えますが、嗜好品ですからしょうがない。
意外と教わる場がないもんです。

帰ってくると、その会社の商品に対しての見る目も変わりますし、営業マンの話も今まで以上にちゃんと理解できるようになります。

その方がスゴイのは、各温泉地ごとにコミュニティを作っていったこと。
いわば、お友達のようになってグループを作っていくんです。

営業マンは、出張のついでに旅館に泊まることがありますが、泊まった場所で、近くの宿の若旦那も集めて飲み会をするんです。
泊まった宿だけでなく、隣の宿の若旦那も呼ぶには、かなり関係性ができていないと難しいです。

そんな活動をしながら、いつしか生ビールを置いていなかったはずの小旅館が次々とサーバーを置きはじめたのです。
うちもそうです。

営業マンというと押しが強くて、トークがうまそうですが、そんなことはないんですよね。
むしろ、論破しようとする営業マンは嫌われます。

その方が、伝説なのは、説得するんじゃなくて、コミュニティを作っていったこと。

最終的には、LINEのグループができるほどでした。
とある営業マンを中心に同業者が集うグループは、なかなかありませんよ。

旅館はとても横並び意識が強い業界です。

小さな宿でも生ビールで成功した宿が1軒登場すると、他の宿もあっさりマネします。
もちろん、成功するためのコツも教わりました。

今回、送別会にいってビックリしたのは、その方の送別会を県内のいくつかの温泉地が自主的に行っているのです。
そんな営業マン、聞いたことありません。

まさに「関係性」ができているからこそ。

長年のお勤め、ご苦労様でした。
間違いなく、山形の旅館に生ビールとウィスキーの文化を根付かせていただいたと思っております。

これからも健康に気をつけていただき、たまに遊びにいらしていただければ。^^

著者情報

1976年、山形県米沢市生まれ。福島大学経済学部を卒業後、㈱旭テック(現・旭ブレインズ)に勤務。その後、オーストラリアでの1年間の放浪生活、那須温泉・山水閣での研修を経て、2004年、鈴の宿 登府屋旅館にUターン。宿の仕事のかたわら、小野川温泉のまちづくりに注力していた2011年、東日本大震災を経験。震災後は、米沢の温泉旅館の連携を模索。1か月後には、「温泉米沢八湯会」を組織化し、義援金を集め、プランを作り、新たな切り口で米沢の価値を高めている。2013年、代表取締役への就任を機に「車いすでも安心して過ごせる宿」を目指す。「お客さまは、旅館ではなく旅行に来ている」という発想から『車いすで米沢を旅する本』を編纂。車いすでも安心して旅できる地域づくりを行っている。また、宿の宴会場では、不定期で自主セミナーを開催。講演テーマは、「リピーターを生み続ける仕組みづくり」「小野川温泉・米沢八湯のまちづくり」「補助金・マスコミ・ソーシャルメディア活用法」「燃料は、捨てる温泉熱!ヒートポンプで灯油ゼロ」など。自身の経験を公開しながら、他地域からの視察も積極的に受け入れている。