旅館ブログ

謙信公の名言にドキッ!旗印と当事者意識で一歩ふみだそう

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米沢のブランド戦略動画を見て思う

ドキッとしますね。

3世代でもラクラクのバリアフリー旅、
そして家族で落語を楽しんでほしい…
鈴の宿 登府屋旅館の 遠藤直人(@naaot)です。

昨日のブログで紹介した、米沢のブランド動画。
YouTubeの広告になっていることもあり、スマホをでYouTubeを見ている米沢のお子さんは、全員見ているんじゃないでしょうか?

大人よりも、子どもの認知度が高そう。
「お手本になってください。」
そんな目で大人を見ているんだろうか。

念の為、もう一度。

殿様が何かするわけではない

よく言われるひっかけ問題。

「江戸城を作ったのは誰ですか?」

「太田道灌。」
「ブブー、大工さんでした。」

これは真理をついています。

上杉鷹山公はすごかった。
しかし、鷹山公が、鯉を養殖したわけでも、米沢織を織ったわけでもありません。

旗印を明確にする

お殿様の役割は、現状把握と方向性を示すこと。
いわば、旗印を明確にすることです。

これができないと全体のまとまりがなくなり、右往左往します。

旅館でもそう。
「うちは、泊まれます。」なんて言っても、今どき誰も来てくれません。

「泊まれるのは当たり前。で?あとは?」
ここに旗印がほしい。

通常は、旗印を明確にする機会もなければ、場もありません。

当事者意識を持つ

当事者意識があれば、自分で旗印を考えたり、場を作ったりします。
なければ、すべて他人事。

うちは泊まれるのに、泊まりに来ないのは…
景気が悪い。市が悪い。県が悪い。観光協会が悪い。客が悪い。

そして、現状維持どころか、マイナスになっていく。

一歩ふみだす

せめて一歩ふみだせば、変わるのに。
それも、億の借入をして全面改装とか、そういう一歩ではなく、小さな一歩。
SNSで投稿してみるとか。

そんな一歩でもいいのに、なかなかできない。

結局、旗印、当事者意識、一歩。

この3つが揃わないと、いつまでたっても不平不満になるんでしょう。

先ほどの動画の中にドキッとする箇所がありまして。

かなりありそう…

前向きな発言に混じって、ズバッと内角をえぐる球がちらほら。

「鷹山公はあどいいんんでねえがい」
「観光ばっかねよね」
「若い人、ちゃんとさんなんねごで」

米沢で言われてそう。
いや、言われているであろう。
そして、その気持ちもよくわかります。

ただ、この発言をしているだけでは、前には進めません。

自分の旗印を明確にするチャンス

今回のブランディングの面白いのは、ブランドではなく、「場」を与えられていること。

各自に旗印を明確にする「場」と「機会」が与えられています。
そして、公開されています。

米沢ブランド 公式ウェブサイト

当事者意識がないと「場」を活かすこともできず、一歩ふみだせないと絵に描いた餅になる。
なかなか厳しい取り組みです。

「米沢の旗印は【米沢品質】ですよ。
さて、あなたはどうしますか?」

鷹山公が、「うちの藩はとにかく質素倹約と殖産興業。
さて、各自どうやって実現する?」
とおっしゃるようなものです。

「えー、そんなこと言われても…。」
となりますが、そこをふみだす勇気。

「運は天にあり、鎧は胸にあり、手柄は足にあり。」

この謙信公の言葉につながる気もします。
さらに続けるとこうです。

「運は天にあり、鎧は胸にあり、手柄は足にあり、
何時も敵を我が掌中に入れて合戦すべし。

死なんと戦えば生き、生きんと戦えば必ず死するものなり。
運は一定にあらず、時の次第と思うは間違いなり。
武士なれば、わが進むべき道はこれほかなしと、自らに運を定めるべし。」

「わが進むべき道はこれほかなしと、自らに運を定めるべし。」

それが、旗印を明確にすることです。

現代語訳はこちら。

そもそも、運は天上が決めること。
自分ではどうすることもできない。

でも、鎧(よろい)を胸に着るように自分の身を守ることは、自身の能力や心や日々の準備でできる。
手柄も天に与えられる物ではなく自力で勝ち取ることもできる。

勝負は運任せにせず、常に敵の情報を収集し、自分の手の上で転がすように戦わなければ勝てない。

死ぬ気で戦えば生き残り、生き残ろうとするだけなら死ぬもの。

運を占いだけで決められて、一定の周期で巡って来るだけだと思うのは間違い。
武士なら自分の進むべき道は自分で考えて、自分の責任で行動するべきである。

この言葉に行きついたときにハッとしました。

鷹山公のDNAどころか、謙信公から脈々と続く上杉のDNA。
小学校にお二人の肖像画があったのは、このためかと。

人口減少は、言ってみれば「ゆるやかな飢饉」。
人口が減り、税収も減り、見込み客も減る飢饉。
この飢饉をどうやって乗り越えるのか?

現代の米沢人が、自分たちの手で乗り越えられるのか?

その時の合言葉が、「なせばなる」だとしたら、名君は200年経っても領地を救うことになるのかも。
名君は、時を越えるのかもしれませんね。

著者情報

1976年、山形県米沢市生まれ。福島大学経済学部を卒業後、㈱旭テック(現・旭ブレインズ)に勤務。その後、オーストラリアでの1年間の放浪生活、那須温泉・山水閣での研修を経て、2004年、鈴の宿 登府屋旅館にUターン。宿の仕事のかたわら、小野川温泉のまちづくりに注力していた2011年、東日本大震災を経験。震災後は、米沢の温泉旅館の連携を模索。1か月後には、「温泉米沢八湯会」を組織化し、義援金を集め、プランを作り、新たな切り口で米沢の価値を高めている。2013年、代表取締役への就任を機に「車いすでも安心して過ごせる宿」を目指す。「お客さまは、旅館ではなく旅行に来ている」という発想から『車いすで米沢を旅する本』を編纂。車いすでも安心して旅できる地域づくりを行っている。また、宿の宴会場では、不定期で自主セミナーを開催。講演テーマは、「リピーターを生み続ける仕組みづくり」「小野川温泉・米沢八湯のまちづくり」「補助金・マスコミ・ソーシャルメディア活用法」「燃料は、捨てる温泉熱!ヒートポンプで灯油ゼロ」など。自身の経験を公開しながら、他地域からの視察も積極的に受け入れている。