だから後継者向けなの!落語はクラシックだもの

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クラシック音楽への疑問

クラシック音楽と落語についてです。

3世代でもラクラクのバリアフリー旅、
そして家族で落語を楽しんでほしい…
鈴の宿 登府屋旅館の 遠藤直人(@naaot)です。

いよいよ落語会、10日です。

突然ですが、クラシック音楽についてどう思っていますか?

私は、こう思っていました。

ベートーベンの交響曲 第5番「運命」。

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮。
ベルリンフィル管弦楽団。

「ベートーベンが書いた譜面に沿ってやるわけでしょ?
誰が指揮しても、誰が演奏しても同じでは?」

つまり、作者が大事であって、指揮者や楽団は誰がやっても同じ。
カラヤンでも小澤征爾でも、ベルリンフィルでも山形交響楽団でも、元の楽譜が大事でしょ、と。

クラシック通の方からすれば、「何を馬鹿な…」という素人考えです。

譜面は譜面としてありつつ、指揮者や楽団によってガラッと変わるものですから。

古典落語はクラシック、漫才はロック

古典落語も同じなんです。

「時そば」「寿限無」「まんじゅうこわい」…。

基本の筋は似ています。
でも、人によって変わってきます。

解釈が演者によって変わるので、「この噺をこう演じるか」と衝撃を受けることも。
なかには、あらすじや登場人物まで変わることまであります。
一度聞いたことがあったり、あらすじを知っていたりする話も、違った発見があるものです。

ですから、聞けば聞くほど、ハマります。

談志師匠の「まんじゅうこわい」は、こんな流れになっているのか?
志らく師匠だと、このシーンはないのか?
登場人物の演じ方が全然違う!
下げ(オチ)が変わっているじゃないか!

そんな風に変わるんです。

古典といっても、全く同じじゃない。
人それぞれの演じ方があるんです。

ちなみに、あらすじがある古典落語をクラシックとするなら、漫才は、作詞・作曲し、自分で演奏するロックです。

古典落語 → クラシック

漫才 → ロック

そう考えると見方が変わってきませんか?

志らく師匠はさらに細分化し、「談春はクラシック、志の輔はニューミュージック、志らくはジャズ」とおっしゃっています。上手い例えですね。

古典落語

昭和の名人たちも人それぞれ

後継経営者に聞いてほしい「古典」

そもそも後継経営者、あとつぎは、存在がすでに古典です。

すでにあった様式、形式の商売を引き継ぐ。

私だったら、旅館です。
バリアフリーだ、エコだ、SNSだといっても、ベースは旅館。

その旅館を続けていくにあたって、ついつい業界の常識や、自社の常識にハマりがちです。

放っておいても環境が変わるわけです。
それに合わせて、伝統を守りつつ、変えていかねばなりません。

伝統を現代に。

それを考えるヒントに古典落語は、とても参考になります。
本来、江戸時代や明治時代にできた古い話なのに現代で聞いても楽しめる。

落語を聴きながら、自分が勝手に思いこんでいた常識を突きつけられることはよくあります。
それが、旅館へのヒントになることも。

伝統を引き継ぐことが前提になっている後継者の皆さん、落語、オススメですよ。

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